たりするのはバカバカし

あれからしばらく未公開記事をいくつか抱えている。
自意識過剰も甚だしい。
自意識過剰とは、、、「勘違い」「こだわり」「自分流美学」でもある。
気に入らない作品はガシャーンと叩き割って壊す、陶芸家のごとく醫學美容
(ちょっと欠けたりヒビが入った食器でも使っているわたしだが、、、最近は、口をつけるグラスなどは唇を切ったり指を切ったりするのはバカバカしいので、危なっかしいものは捨てる)


世界中の誰もが共鳴、賛同してくれなくても、存在を知られなくても、自分一人が洞窟の中で仏像を彫っていればそれでよし。
が、一人や二人、洞窟仲間がいるのも楽しいと思う。
洞窟アパートみたいなのがあって、一人一人が洞窟タイプの個別の部屋で仏像を彫っている。
何年かに一度、仏像展覧会があって、即売会も兼ねていたりしてthermage 效果
誰が買うの?
みんな自分で自分の仏像を彫っているから、人の仏像は欲しくない。
が、人の作品からヒントやインスピレーション、影響を受けるかも知れない。
自分の発想にはない着眼点がある。
これ、同人誌や、趣味、同志の会、ファンの集いに似ている?


精度、完成度、芸術性が高まると、バイヤーが現れるかも知れない。
あるいは、個展を開いたり、何度も入展するとスポンサーが現れたり。
権威ある日展とか。


芸術で身を立てるのは身を削る。
学校の音楽の先生や、美術の先生は、両方バランス良くやっている。
バランスが良いって、いろんな見方ができる。
市民生活も楽しいと思う。
わたしは芸術家ではないので。


生産性という側面で価値を察ると、ほとんどのことは、生産性がないとみなされる。
生産はモノだけではない。
大量生産、大量消費の時代は終わった。
余計なモノを作らない努力が必要か緊致肌膚


抽象的なことばかり書いている。
だってわたしにとって、「抽象」はラクだから。
のらりくらり逃げられる。
現実からの逃避。脳のお散歩。
他人の各自の抽象を突き詰めることは出来ない。
が、哲学的には出来るらしいが、辛気臭く面倒。
わたしは、すぐ眠くなる。